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独立行政法人 国民生活センターより
本件は、マンションを購入した夫婦が、シックハウスを理由として本件契約の解除等を求めた事案である。裁判所は、瑕疵(かし)担保責任に基づいて契約解除および損害賠償は認めたが、債務不履行および不法行為を理由とする損害賠償は斥(しりぞ)けている。(東京地方裁判所平成17年12月5日判決)
- 『判例時報』1914号107ページ
- 一部請求認容(控訴)
事件の概要
Xら(原告):消費者(夫婦)
Y (被告):不動産管理仲介業者
平成14年7月27日に、XらはYから新築マンション(以下、本件建物)を購入した。本件建物のパンフレット等には、「環境物質対策基準 JAS(日本農林規格)のFc0基準とJIS(日本工業規格)のE0・E1基準の仕様 目にチカチカとした刺激を感じるなど、新築の建物で発生しがちなシックハウス症候群。〈ベルザ×××〉では、その主な原因とされるホルムアルデヒドの発生を抑えるために、JAS規格で最も放散量が少ないとされるF1基準やJIS規格のE1基準以上を満たしたフローリング材や建具、建材などを採用。壁クロスの施工などにもノンホルムアルデヒドタイプの接着剤を使用しています」との表示があった。
Xらは、本件建物がいわゆるシックハウスであり、居住不可能であるとして、(1)消費者契約の申し込みの意思表示の取消し、(2)詐欺取消し、(3)錯誤無効、(4)瑕疵担保責任、(5)債務不履行責任、および、(6)不法行為責任を理由として、代金の返還と損害賠償を求めた。
瑕疵について、Xらは、本件建物はホルムアルデヒドの放散する環境物質対策の不十分な建物であり、Xらの健康を害し居住に適さない状態にあることから、本件建物には瑕疵があると主張した。YはJASのFc0基準またはJISのE1基準以上を満たした建材等を使用しており、本件建物に瑕疵はないと争った。
債務不履行については、Xらは、Yは本件建物の売り主として、設計段階において、本件建物につき有害物質の放散により居住者の生命身体に危険を生じさせる恐れのない建物を設計すべき注意義務があると主張した。Yは本件建物には瑕疵がなく、債務不履行はないと主張した。
不法行為については、XらはYの広告宣伝から売買契約に至る一連の行為は、本件建物のような環境物質対策が不完全な目的物を環境物質対策が十分なものとして売却したとして、不法行為となり、また、下地材にホルムアルデヒドを発散させる素材を使用するなどの設計・施工をした注意義務違反により、本件建物に瑕疵を発生させたと主張した。これに対してYは、本件建物には瑕疵はなく、不法行為ともならないと主張した。
理由
Yは、本件建物の分譲に当たり、環境物質対策基準であるJASのFc0基準およびJISのE0・E1基準を充足するフローリング材等を使用した物件である旨を本件チラシ等にうたって申し込みの誘引をなし、Xらがこのようなチラシ等を検討のうえ、Yに対して本件建物の購入を申し込んだのであり、本件売買契約においては、本件建物の備えるべき品質として、本件建物自体が、ホルムアルデヒドを始めとする環境物質の放散につき、少なくとも契約当時行政レベルで行われていた各種取り組みにおいて推奨されていたというべき水準の室内濃度に抑制されたものであることが前提とされていたものとみることができる。そして、当時行政レベルで行われていた各種取り組みにおいては、住宅室内におけるホルムアルデヒド濃度を少なくとも厚生省指針値の水準に抑制すべきものとすることが推奨されていたものと認めるのが相当である。本件においては、引き渡し当時における本件建物の室内空気に含有されたホルムアルデヒドの濃度は、100μg/立方メートル(0.1mg/立方メートル)を相当程度超える水準にあったものと推認されることから、本件建物には瑕疵が存在するものと認められ、これは隠れた瑕疵ということができる。
2 債務不履行(否定)Xらが主張する「本件建物を含むマンションの設計に当たりホルムアルデヒド濃度につき厚生省指針値を超えることがないよう設計すべき注意義務および施工に当たり有毒物質の放散により居住者の生命身体に危険を生じさせる恐れのないように使用する部材を選定・変更すべき注意義務」のような注意義務は、一般的な注意義務として不法行為責任を追及する根拠となることはあり得るとしても、本件売買契約の内容とはなっていない。
3 不法行為(否定)建材等が本件建物内のホルムアルデヒドの発生源として一応推認されるとはいえ、これらの建材等としてはJASのFc0基準、JISのE0・E1基準の仕様を有するものが建築に際して出荷されたことおよび施工に際してこれらが他の建材等にすり替えられた可能性を具体的に窺(うかが)わせるような事情も存在しないことを考えると、ホルムアルデヒドの具体的な発生源および発生機序を特定することはできない。また、Yは、JASのFc0基準・JISのE0・E1基準の仕様を有する建材等を用いて本件建物を含むマンションを建築したのであり、Yに注意義務違反はない(慰謝料請求棄却)。
解説
1 瑕疵担保
本件は、シックハウスであるということが新築建物の瑕疵と認められた初めての判決である。瑕疵については、当事者の取り決めによる品質を基準とする主観的瑕疵を認めている。本件契約当時の平成14年は既に行政基準が作られていた時期であり、これを基準とするという手法は注目され、今後同様の事例の先例となろう。本件のようにパンフレットで、シックハウス対策がうたわれていない場合については、依然として問題が残される。損害賠償については、瑕疵担保に依拠したため、過失を要件とすることなく認められており、管理費や修繕積立金等を信頼利益(注)の損害と認定し賠償を認めている。このように、瑕疵担保によると、消費者である買い主の保護がかなり図られることになる。
しかし、健康被害による治療費や慰謝料については、信頼利益の損害ではないので、瑕疵担保では認めることはできない。
債務不履行については、いわゆる付随義務違反による健康被害に対する慰謝料が問題になっているが、Xの主張するような注意義務は不法行為では問題になるが、「売買契約の内容」にはなっていないとして斥けている。付随義務は信義則から導かれるものと考えられており、「売買契約の内容」でなければならないというのは、学説の一般的な理解よりも狭い考えによっているものといえる。しかし、あえて付随的な注意義務ではなく、「シックハウスでない物件を供給する義務」として給付義務自体に問題の内容を組み込むことも考えられ、債務不履行を否定した点については疑問が残される。
3 不法行為不法行為については、民法709条によるため「過失」が要件となる。安全配慮義務違反の事例であるが、被用者に対する使用者の過失を否定した判例がある(参考判例[1]参照)。本件では、Yは自ら建物を建設した業者であるが、建材等としてはJASのFc0基準、JISのE0・E1基準の仕様を有するものが建築に際して出荷されており、ホルムアルデヒドの具体的な発生源および発生機序を特定することはできないことから、過失が否定されている。JASのFc0基準、JISのE0・E1基準の仕様の建材を使用すれば、特別事情がなければ、ホルムアルデヒドの発生について予見可能性が否定されたのである。しかし、個々の材料は基準を満たしていてもそれらが複合してどう人体に影響を与えるかは分からないのであり、完成した段階でホルムアルデヒドの濃度を測定するといった注意義務を認めることも考えられ、測定をすれば容易にホルムアルデヒドが基準を超えていることは予見可能であったのであり、過失も否定されることはない。この点で疑問が残る。
参考判例
[1]大阪地方裁判所平成18年5月15日判決、『判例タイムズ』1228号207ページ(社屋を新築し、その新社屋においてホルムアルデヒドにより被用者が化学物質過敏症になったことが認められたが、平成12年当時において、使用者がホルムアルデヒド等の化学物質によるものと認識し、必要な措置を講じることは不可能または著しく困難であったとして、使用者の責任を否定)。
[2]東京高等裁判所平成18年8月31日判決、『消費者法ニュース』71号217ページ(電気ストーブの使用による化学物質過敏症の発症につき、売り主の債務不履行責任を肯定)。
注:信頼利益とは
損害賠償の対象となる利益についての区別として、有効でない契約を有効であると信頼したために生じた、信頼した者の利益のことを「信頼利益」という。これに対して、契約が有効であり、それが完全に履行されたならば債務者が得たであろう利益のことを「履行利益」という。
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