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日本経済新聞より
大気汚染を引き起こす耳慣れない原因物質が、メディアを連日にぎわせている。「PM2.5」である。
これが話題になったキッカケは2013年1月に、福岡市など西日本の観測所で通常よりも3倍ほど高いPM2.5の観測数値が出たこと。
偏西風に乗って大陸から飛来した汚染物質が数値上昇の原因との見方が強く、北京を中心に深刻な問題になっている中国の大気汚染が、「ついに日本にも影響を及ぼし始めた」という懸念が広がった。 以前から中国での大気汚染は、社会問題として報じられていた。
ただ、「まだ海の向こうの話」という印象が強かった。自国での観測数値の変化がイメージを変え、日本の消費者の不安に火をつけた格好である。日本の環境省が大気汚染の観測結果を公表しているWebサイト「そらまめ君(大気汚染物質広域監視システム)」には、アクセスが殺到し、つながりにくい状況になったほどだ。
一国では解決できない問題
環境省は2013年2月に、日本国内での「PM2.5」の常時観測体制を強化する方針を打ち出し、大気汚染や健康被害の専門家による会合を招集した。2月中をメドにデータ分析の評価などを取りまとめる。
外務省から中国側に大気汚染問題について協議の実施も申し入れた。国境を越えた汚染物質の飛来は今後、日中間はもとより、世界的に大きな課題になる可能性がある。経済成長が急速に進行する新興国と、近隣の先進国の間で同じような状況は今後増えるだろう。外交政策にも影響を与えかねない。一国が環境基準を強化しただけでは解決できない点に問題の根深さがある。
では、そもそも「PM2.5」とは何か。これは決して、新しい言葉ではない。「PM」は英語で「Particulate Matter」の略。日本語では「粒子状物質」と呼ぶ。μm(ミクロン、マイクロメートル=100万分の1メートル)単位の固体や液体の微粒子のことで、主に汚染の原因物質として大気中に
浮遊する粒子状の物質を指す言葉だ。
単一の化学物質ではなく、炭素やNOx(窒素酸化物)、SOx(硫黄酸化物)、金属などを主な成分と
する多様な物質が混合している。工場の排煙やディーゼル車の排気ガスなどの人間による経済活動に加え、火山などの自然活動も粒子状物質の発生源だ。
PMは、主に物質の粒径によっていくつかの種類に分類される。その一つが「PM2.5」である。名称に含まれる「2.5」は2.5μmのこと。PM2.5は、おおむね2.5μm以下の粒径の微粒子を指す。日本の呼び名では「微小粒子状物質」と表現することが多い。
ただし、すべての粒子の粒径が2.5μm以下かと言えば、そうではない。粒子状物質の規制で使う「粒径」は、物理的にものさしで測定した数値ではないからだ。 粒径は、統計的な分布の中で定められる。一般に粒子状物質の大きさや形状は不規則であるため、空気の流れの中での大きさを表す「空気動力学径」と呼ぶ単位を用いる。測定の際に粒子を捕集する効率を基に、粒径が定義されて分類名がつく。
例えば、日本の大気汚染基準で使われる「SPM(Suspended Particulate Matter)」は「浮遊粒子状物質」と呼ばれ、粒径が10μm以下のものを指す。この場合、粒径が10μmを超える粒子を100%除外したものをSPMと定義付けている。
スギ花粉の十分の1程度の大きさ
「粒径10μm以下」という微粒子の定義は他にもある。「PM10」と呼ばれるものだ。これは、測定の際に粒径が10μm以下の粒子を捕集する効率が50%となる粒子と定義されている。
つまり、統計的な粒径の分布としては、PM10にはSPMよりも大きい10μmを超える粒径の粒子が含まれる。
PM2.5の定義は、このPM10と考え方が同じだ。粒径2.5μmの微粒子を捕集する効率が50%となるものをPM2.5と呼ぶのだ。
2.5μmという粒径は、どの程度か。よく比較されているのは、人間の髪の毛やスギ花粉だ。スギ花粉は30μm前後、髪の毛の直径は70μmほど。これらに比べるとPM2.5は、1/20~1/10程度のサイズである。たばこの煙の粒子は、サイズの単位がPM2.5よりもひと桁下がって数百nm(ナノメートル)程度。ウィルスは数十~数百nm程度の大きさだ。
意外に新しい日本のPM2.5基準
ちなみに半導体の開発や製造に用いるクリーンルームは、PM2.5よりもさらに小さいサイズの粒子を減らすことが主眼になっている。例えば、1m3(立方メートル)当たりの空気中に存在する0.1μm以上の粒子が10個よりも小さい水準に保たれている。
PM2.5は粒径が小さいため、呼吸とともに肺などの呼吸器の奥に入り込みやすい。それが健康被害を引き起こす可能性を指摘される理由だ。米国ではPM10の基準を満たしている地域でも健康への悪影響が見られることから、1997年にPM2.5の環境基準を設けた。PM10の規制値を厳しくするだけでは、より粒径の小さな粒子には対応できないと判断したからだ。
日本で定められたPM2.5の環境基準は、意外に新しい。基準の設定は、2009年のことである。「1年の平均値が15μg/m3以下であり、かつ1日の平均値が35μg/m3以下であること」と定めている。2006年に改定した米国基準と同等の規制値だ。 ただ、基準策定前の2000年から国や自治体によるPM2.5の測定は始まっており、これまではほぼ基準値を下回る減少傾向にあった。
未解明の部分が多い発生メカニズム
こうした背景の中でにわかに関心を集めたのが、「中国からPM2.5が風に乗ってやってくる」という話題だ。中国国内でのPM2.5の発生源としては、主にトラックなどのディーゼル車の排気ガスや、石炭を用いた暖房システムからの排煙、汚染物質を多く含んだ軽油の利用などが取り沙汰されている。
実際には、PM2.5を含む粒子状物質は、エンジンなどの排気中に最初から含まれる粒子だけが発生源ではない。排気された時にはNOxやSOxなどの気体だが、大気中での光化学反応などで粒子化する「2次生成粒子」がある。「2次生成粒子は大気中の粒子状物質の6割程度を占める」との観測結果があるものの、その発生メカニズムについては未解明の部分も多い。これが、発生源の特定や解決に向けた対策を難しくしている側面がある。
空気清浄機の売り上げ急伸
中国では、日本での騒ぎとは比較できないほど、PM2.5をはじめとする大気汚染が深刻な社会問題になっている。「空気」という身体に影響する身近な話題だけに、消費者の関心は高い。日本の製造業にとっては、家電製品や環境対策技術などの分野でビジネスチャンスになる可能性も秘めている。
例えば、今、中国では日本メーカー製の家庭向け空気清浄機が売れている。パナソニックでは2013年1月に、中国での空気清浄機の販売台数が前年同月比2.2倍に増えた。PM2.5を取り除ける機能が人気の理由になっているようだ。中国ではPM2.5を取り除く機能の性能基準があり、中国国内で販売している機種はその基準に即して「空気中のPM2.5の97~99%を取り除く」性能を備えているという。日本向けの機種ではその機能をうたっていないが、「タバコの煙は除去できるので、PM2.5にも効果を期待できるだろう」と、同社は話している。
今後、中国政府による規制強化が本格化すれば、日本メーカーが保有する排煙や排気ガスから粒子状物質を取り除くノウハウなども有望な候補になるだろう。ただ、この数年、工場の排煙浄化技術など環境対策技術の輸出で現地企業との特許係争に巻き込まれ、痛い目にあった日系企業も存在する。環境対策は「国策」に強力に結び付く分野だけに、技術の輸出が一筋縄にはいかない可能性もある。
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